トップページ > てんかん発作と似て非なるもの
内容
てんかん発作をみたら
異常な状態が突然始まる現象を発作といいます。
発作はさまざまな原因で起きます。
てんかん発作はその原因の一つにすぎません。ところが、発作がみられると、鑑別診断の筆頭にまず挙がってくるのがてんかん発作です。てんかん発作はどの年齢層にもみられますし、発作症状も多彩で、そして、なによりも発生頻度が高いためです。
しかし、そのために、てんかん発作でないものまでが、てんかん発作と勘違いされることになります。事実、てんかんを専門とする病院やクリニックにてんかんとして紹介されてくる「難治てんかん患者」さんのうち、かなりの方が実際にはてんかん発作をもっていないという報告がされています1)。
本章ではてんかん発作ではない「発作」について述べます。しかし、発作をきたす疾患あるいは病態は数限りなくあります。それを全てご説明することは上可能ですし、そんなことをすれば、逆に、なにがなんだか、わけがわからなくなってしまうでしょう。そこで、ここでは、てんかん発作と誤診されやすい「てんかん発作と似て非なる」疾患、病態に対象を絞り、そのうちの代表的なものについて触れることにします。
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問診
しかし、その前に、発作性疾患における問診の重要性について改めて強調しておきたいと思います。
医者といえどもてんかん発作を実際に目撃できる機会はめったにありません。救急外来は別ですが、一般の外来診療では、発作を主訴に受診される患者さんのほとんどが、診察室におみえになるときには発作が止まって、いつもとさほどかわらぬ状態に戻っています。もちろん、それでも、一応、発作に関連した徴候がないか、診させてはいただきます。さらに、頭部MRI、CTなどの神経放射線画像検査、脳波、血液検査などの臨床検査も行います。しかし、発作の診断という面からいえば、そうした診察所見、検査所見は間接的なものにすぎません。発作そのものを示しているわけではありません(脳波検査時、偶然、発作時脳波が記録されるようなことがあれば別ですが)。発作の診断は、発作と発作前後の状況をご本人と発作を目撃し� �人から可能な限り聞きだすことによってしかなしえません。問診が唯一の診断法といっていいのです。このことは、どれだけ強調しても強調しすぎることはありません。
しかし、てんかん発作に習熟していないと、脳波やMRIなど「客観的な」臨床検査、画像検査のほうに目がいってしまい、発作症状の問診がおろそかになることがあります。私も経験がありますが、てんかん診療の経験が乏しく、発作症状を充分聞きだす知識も技術も備えていない医者は、どうしても検査に頼ってしまうのです。そして、これが誤診の最大の原因になります。明らかなてんかん発作はないのに、脳波に「てんかん放電」がみられるという理由からてんかんと診断される、といった事態を招きかねないのです。臨床検査、画像はあくまでも補助診断にすぎません。
発作性疾患の診療においては、問診が出発点であり、終着点なのです。
てんかんの診療に限りませんが、問診でもっとも重要なのは、充分、時間を確保することです。しかし、一般病院における、忙しく騒然とした外来診療環境では、これは、至難の業です。診療を待ってみえる待合室の患者さん多さ(予約制の場合は、予約時間内に終わらなければならないというプレッシャー)に追い立てられ、時間を確保するということがなかなかできません。しかし、時間に余裕がないと、充分に話を聞くことができないですし、へたをすると、医者は自分の考えを押しつけ、患者さんやご家族のおっしゃる内容を誘導して、間違った情報を得てしまうことさえありえます。
これも、以前述べたことですが、問診においては、医学用語を避け、なるべく日常の言葉で発作内容を話していただくことも大事です。医者のほうも、話していただいた内容を具体的に記載するよう心がけなければなりません。
たとえば、意識の有無については「声をかけても反応がなかった」といったように、話された内容をそのまま書き留めるべきです。医者が「意識がありましたか?」と尋ね、患者さんや患者の家族の方が「なかった」と答えられ、カルテには「意識(ー)」と記載されるなどといったことが実際の診療の場では結構あります。しかし、てんかんの診療としては、これは、最低です。なぜなら、これでは意識をどのように確認したかわかりませんし、のちに、意識があったかどうかも検証できません。
けいれん症状についても、「強直発作」といった「医学用語」を使うことが誤解のもとになることを以前お話しました。「手足がつったように伸ばして硬直させ、体を折り曲げ、目は上を向いていた」といった具合に具体的な症状を話していただき、医者のほうも、それをそのまま記載することが望ましいのです。
発作症状では、発作の始まりがもっとも大事です。ですから、私自身は「発作が始まる前に発作が来そうだとわかりますか」といった質問を必ずするようにしています。患者さんやご家族は、四肢の強直、間代などの「派手な」運動症状、あるいは、「目がうつろ」になって「反応がなくなる」ような意識消失に目がいってしまいがちです。そうした症状が心配をかき立てるのですから当然です。しかし、そのために、こちらからお聞きしないと、視覚症状などの感覚性単純部分発作や前兆などの「軽微な」「どうでもいい」症状はなかなか話してくださいません。しかし、四肢の痙攣といった派手な症状より、視覚症状などの軽微なものの方がてんかん発作の診断においては大事です。なぜなら、それが、異常放電が始まる脳の� �置を指し示しているかもしれないからです。さらに、発作の始まりから発作症状を順序立てて聞くことができれば、ある皮質にてんかん発射が出現し他の皮質へ拡延していく有様をありありと思い浮かべることもできるかもしれません。そうなれば、しめたもので、てんかん発作の診断はついたも同然です。そのような症状の進展は、てんかん発作以外には考えられないからです。
もちろん、欠神発作やミオクロニー発作のような全般発作ではそのような発作の進展はみられません。しかし、その場合でも、発作症状をきちんと聞かなければ、欠神発作やミオクロニー発作などの診断ができないことに変わりはありません。
問診による発作の確認は初診時にも必要ですが、なかなか発作がコントロールされない「難治てんかん」の場合、再診時にも大切です。初診時から数ヶ月、数年を過ぎると、医者の方も、時間に追われ、問診内容が発作の有無の確認にのみに終始し、肝心の発作内容を聞くことを怠りがちになります。しかし、きちんと確認せずにいると、患者さんや保護者の方が把握している発作内容とわれわれ医者が理解している発作内容がずれてしまうおそれがあります。発作を繰り返すときこそ診療内容を見直すチャンスですから、面倒でも、発作の内容をその都度伝えてください。そうすると、間違いも少なくなります。
もちろん、問診だけで100%正確な鑑別ができるという保証はありません。神ならぬ身ですから、どんな名医でも誤診ゼロということはありえません。しかし、問診を軽視し、臨床検査や画像検査などの「客観的な科学的証拠」へ過度に依存しますと、誤診率をさらに高めてしまいます。100%の正解はえられないということを念頭に置きつつ、なるべく正解に近づけるよう、診療のたびごとに発作内容をきちんと確認する努力を怠らないことが大事です。どうしても判断がつかないときには、脳波―ビデオ同時記録で「発作」が本当にてんかん発作なのか確認する必要がでてくることもあります。脳波-ビデオ同時記録をきちんと行うことができる病院はそれほど多くありませんから、必要があれば、てんかんセンターのような専門施設� �評価をお願いすることになります。
フランスのてんかん学の大家、アイカルディは「てんかん発作と非てんかん発作の鑑別は理論上も実際上も難しいが、経験豊富な臨床家は発作を見ただけで、いや、それどころか問診だけで、てんかん発作の匂いを嗅ぎ分けるものだ」と書いています2)。アイカルディのような大家だからこそ言える言葉で、わずかな経験だけでそのような域に達したと思いこむのは危険ですが、日々の診療において発作内容を誠実に聞き出す訓練を繰り返し、そうした域に達するよう努力することが医者にとっては大事だろうと思います。
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発作分類
どのようなてんかん発作症状があり得るか充分心得ておくことが、問診をする上での前提条件であることはいうまでもありません。
てんかん発作には多彩な症状がみられますし、部分発作ではとくにそれが顕著です。しかし、正常な生理現象は無限の様相をみせますが、異常現象は限定的な現れ方をします。このことは、てんかん発作についても当てはまります。てんかん発作の多岐にわたる多彩な症状も、共通点を拾いだせば、限定された範疇に分類することがある程度可能です。
てんかん発作にかんしては、いままで、さまざまな分類法が提唱されてきました。しかし、現在、日本も含め世界中で広く受け入れられているてんかん発作分類は1981年にとり決められた国際てんかん発作分類です3-4) (2010年に新たな分類が国際てんかん連盟から提案され、今後はこの分類が広まる可能性がありますが、提案がなされてから日が浅く、てんかんに関する概説書でも取り上げられていることは少ないので、ここでは旧分類にそってご説明します)。この分類は2分法を基本にしています(表1)。想定されるてんかん発射が部分起始かそれとも左右対称性起始かで2つに分け、このうち、部分発作については、発作中の意識消失があるかないかで、さらに2つに分けるのです。この国際てんかん分類はてんかん発作に関する世界共通言語といってもいい分類です。その具体的内容については「てんかんとは何か?」でご説明いたしましたので、確認してください。ご自分の(ご家族の)発作の発作分類については、それがどういう位置づけに� �るのか知っておくためにも、担当医に一度確認されるといいでしょう。
ただし、国際てんかん発作分類といえども、あくまでも人為的なものにすぎません。これによっててんかん発作をすべて、もれなく分類できるわけではありません。どれに入れていいのか判断に困る発作も少なくありません。それに、十分な発作情報が得られていないときには、当然、分類は不可能です。ところが、分類に囚われ、目撃された発作内容を分類に無理矢理当てはめようとして実際の発作を歪んだ眼鏡でみてしまうということがときとしてあります。もちろん、それでは本末転倒です。国際分類を参考にしながらも、実際のあるがままの発作症状を検討して、発作の位置づけを考えることが大事です。
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ILAEてんかん発作分類1981年改訂 3)
表1 ILAEてんかん発作分類1981年改訂
部分(焦点、局所)発作 | 全般発作 |
---|---|
単純部分発作 運動徴候を呈するもの: 雑部分発作 単純部分発作で始まり意識減?するもの ①意識減?のみのもの 部分発作から二次性に全般化するもの 胸膜高血圧とは何か 単純部分発作が全般発作に進展するもの | 1. 欠神発作 1. 定型欠神 2. ミオクロニー発作 |
分類上能てんかん発作 | |
情報が上十分な発作、分類に適合しない発作 新生児発作、律動性眼球運動、咀嚼運動、クロール様運動などを含む | |
表2に示したように、新たな分類案が国際てんかん連盟から提案されています。 |
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2010年の新提案てんかん分類
表2 てんかん発作およびてんかんを体系化するための用語と概念の改訂:
ILAE分類・用語委員会報告(2005~2009年)
てんかん発作 | 脳波・臨床症候群 | |
---|---|---|
全般性発作 ・強直、間代発作) ・欠神発作 定頸欠神発作
| ・ミオクロニー発作 | 脳波・臨床症候群(発症年齢別) |
てんかん発作を伴う疾患であるがそれ自体は従来の分類ではてんかん型として診断されないもの | ||
良性新生児発作(BNS) |
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家庭ビデオ
発作をビデオで撮影してくださる方がときどきみえます。これは、診断の上で大変参考になります。しかし、せっかくとってきてくださったビデオ映像ですが、診断の決定打になるかというと、残念ながら、必ずしも、そうはいえません。家庭でとられた発作ビデオは問診でお聞きする発作内容を確認する1手段ぐらいに考えていただいたほうがいいと思います。なぜかといいますと、発作をとらえたビデオを見ただけで、てんかん発作かどうかを判断し、発作型を決定することはかなり難しいからです。
かつて、米国のクリーブランドで開かれた小児てんかんにかんする国際シンポジウムで、国際的に有吊な臨床てんかん学者数人が発作症状を収録した(ビデオと同時記録したはずの脳波は提示されていない)ビデオをみさせられ、てんかん発作か否かを当てるゲームが行なわれたことがあります。回答者は、世界に名だたる、そうそうたるメンバーだったにもかかわらず(ただし、ほとんどが欧米人で、残念ながら、日本人はいませんでした)、正解率は50%以下でした。ゲームですし、診断困難な紛らわしい発作ばかりだったせいもあるでしょうが、発作時脳波所見がわからなければ、発作ビデオをたった一回きりみせられても、経験豊富な臨床医といえども正確な判断が下せないのです。せっかくのビデオも、問診で得られる発� �を含めたさまざまな情報を前提にしなければ、診断的価値はかなり下がってしまいます。
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脳波
画像診断、生理情報解析技術が長足の進歩をとげた現在にあっても、脳波はてんかんの診断、経過観察のための検査として揺るぎない主役の座を占めています。しかし、脳波はてんかん発作を疑わせるエピソードのあった患者さんにおいて、それが本当にてんかん発作であったかどうかを判断するための補助手段にすぎません。脳波は大切な検査ですが、同時に、脳波の限界を承知しておいていただくことも大事です。
通常、脳波という場合、発作がない普通の状態で記録される発作間欠時脳波のことを指します。しかも、記録するのは、頭皮上に置かれた電極から記録する頭皮脳波です。てんかん外科の術前検索に用いられる頭蓋骨直下の硬膜下電極や脳実質内に刺し込んだ深部電極によって記録される脳波と違い、頭皮脳波では脳の電気信号が分厚い頭蓋骨によって減衰させられてしまいます。しかも、頭皮脳波は立体的な脳のうち、主として頭蓋骨に接した部分の脳の電気活動しか反映していません。一般的な電極配置では、皮質の3分の1の電気活動しか記録できないという試算さえあります。このため、単純部分発作のように異常放電が脳のほんの一部に限局している場合や、内側(あるいは、脳底部)前頭葉発作のように頭皮脳波電極� �らかなり離れた部分で異常放電が発生している場合、発作時脳波でさえ異常が全くみられないことがあり得ます(図1)(ただし、深部電極でも、頭皮脳波のようなアーチファクト(動きなどによる雑音信号)は少ないものの、電極が刺さっている周囲の神経組織の電気現象を拾っているにすぎないため(これをトンネル視tunnel visionと称しています)、やはり、限界はあります)。
このため、典型的なてんかん発作を頻発している患者さんでも発作間欠時脳波で何らてんかん放電がみられないことも珍しくありません。
笑い発作の発作時脳波
5歳男児。身体が右の方に傾いていって笑っているように顔がひきつる発作がみられたが(一本矢印が発作開始を示す)、脳波上、てんかん発射を示唆すよる律動波はみられず、発作間欠時にみられた焦点性棘波が引き続き出現している(二本矢印)。
逆に、てんかん発作が全くない人にも、脳波上、てんかん放電がみられることもあります。健康小児の数パーセントに機能性局在性てんかん棘波がみられるのは、その代表例です。このため、てんかん以外の発作性疾患の患者さんの脳波に偶然てんかん放電がみられために、てんかんと誤まって診断されるおそれがあります。
このように、脳波上てんかん放電がないからといっててんかんではないとはいえませんし、脳波上「てんかん放電」がみられるからといって、てんかんとはいえません。実際にてんかん発作の既往があるかどうかが問題なのであって、脳波はあくまでも補助診断にすぎません。
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非てんかん性発作
非てんかん性発作は数限りなくあります。これを何とか分類しようと、さまざまな試みがなされてきました。ここでは一例としてペロックの分類試案を表に挙げておきます7)。しかし、非てんかん性発作を全て十分に理解し記憶しておくことはおくことは専門家にとっても不可能です。また、すべて記憶しておかなければ非てんかん性発作とてんかん発作の鑑別ができないというわけでもありません。
ここでもポイントとなるのは患者さんの体験談と発作をみられた方の目撃談です。先に述べたアイカルディは、注意深い、詳細にわたる病歴聴取が正確な鑑別診断の基盤であり、偏見に囚われないデータがなりよりも必要とされる、と書いています8。(ついでながら、アイカルディは、医者や看護士などの医療関係者は、発作がどうあるべきかという妙な偏見をもっているので、一般の人の発作観察より当てにならないことがある、ともコメントしています。医療関係者にとって耳に痛いコメントですが、肝に銘じておくべき言葉だと思います)。
さて、これから非てんかん性発作をもたらす疾患、病態をいくつか述べますが、最初に申しましたように、これで全てというわけではありません。非てんかん性発作は無数にあります。そのうちのいくつかの疾患を通して、どのようにしててんかん発作と非てんかん発作を鑑別するのか、その基本方針だけでもご理解いただければ幸いです。
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熱性けいれんに関連する非てんかん性発作
「熱性けいれんについて」で述べましたように、熱性けいれんは熱によっててんかん発作が誘発される病態の総称です。その意味では、てんかんと親戚関係にあります。しかし、熱性けいれん、あるいは、熱に関連する発作において、非てんかん発作とてんかん発作の鑑別が問題となることがあります。
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熱性失神febrile syncope
熱性けいれんとみえる発作の中には、てんかん発作ではなく熱によって誘発された非てんかん性発作のことがあります。その多くは、熱によって引き起こされる脳虚血性失神です。発熱によって自律神経が不安定になって、脳の血管調節機能に変調をきたし、脳への血流供給が低下して起こる発作です。脳の血流低下によって、意識が消失し、四肢が脱力するのです。いわゆる「脳貧血」発作の一種だと考えていただければいいかもしれません。脳貧血による失神状態も、長引くと、四肢の強直、震えにまで進展することがあります。このため、てんかん発作と間違えられてしまうのです。
この熱性失神は自律神経の不安定なお子さんにみられやすいので、自律神経の安定性を評価することによって、ある程度、鑑別可能だという報告もなされています。たとえば、眼球を圧迫して心拍が大幅に落ちないかどうかをみるという方法が提唱されています9)。しかし、自律神経が不安定なお子さんにもまぎれもない熱性けいれんを起こすことがあるので、この方法は疑問視されています。やはり、原点に戻って、詳細な問診で鑑別する方が現実的です8)。
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痙攣性運動を伴う遷延性非てんかん性もうろう状態
Prolonged nonepileptic twilight state with convulsive manifestations
熱性けいれんを起こすお子さんの中には、けいれんが終わった後ももボーっとして、きちんと意識が戻らず、それにともなって、さまざまな「けいれん様」の異常な動きが数十分にわたってみられることがあります。かつての私の同僚、山本直樹先生はこれを「痙攣性運動を伴う遷延性非てんかん性もうろう状態」という名で世界で初めて報告しました10)。この「けいれん様」異常運動というのは、強直姿勢、全身の筋緊張亢進、焦点性間代、眼球偏位、自動症様運動で、一見、てんかん発作(複雑部分発作)みたいにみえます。しかし、チアノーゼはみられませんし、最初は刺激しても反応にとぼしく、意識が低下しているようにみえますが、そのうち、だんだん反応がみられるようになります。一見、けいれん重積状態のよう� �みえますが、脳波をとってもθ波,δ波といった不規則な遅い波がみられるだけで、てんかん発作時に特徴的とされる、振幅、周波数が漸増、漸減する律動波は認められません。この徐波は眠りから覚めたときに子供にみられる脳波変化、覚醒反応波にそっくりです。もしかしたら熱性けいれん後にみられるこうした異常運動を伴うもうろう状態は、異常覚醒反応状態を示しているのではないかと山本先生は推測しています。ついでながら、熱性けいれんは3歳ぐらいまでに多くみられる疾患ですが、熱性けいれん後のもうろう状態はそれよりすこし上の年長児に多いようです。
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脳虚血性失神
ハンスコムの禁煙
熱性失神で説明しましたように、脳虚血によって皮質機能が低下しますと、意識を失い、体の力が抜けて、倒れてしまいます。脳の血流障害によって生ずるこのような一過性の意識障害と姿勢筋トーヌスの消失を失神syncopeと呼んでいます。
しかし、脳虚血状態が一定時間以上続くと、弛緩していた筋が逆に硬直し、四肢・体幹を突っ張るようになります。さらには、間代へと移行することもあります。こうした強直や間代は脊髄を介しての体の筋肉への中枢性抑制が消失するために生ずると考えられています。
脳虚血性失神において四肢、体幹にみられるこのような強直、間代は、てんかん発作の強直間代発作(大発作)に表面上は似かよっています。そのうえ、てんかん発作の時のように舌を噛んだり、失禁したりすることさえあります。このため、きちんと病歴をお聞きしないと「強直間代発作」があったと錯覚する恐れがあります8)。
失神発作の原因として頻度的に多いのは、熱性失神の時のように、痛み、恐怖などの感覚刺激や感情の激変によってもたらせる自律神経(迷走神経)の異常による反射性失神です。痛み、恐怖などの「けいれん」を起こす誘因の有無、「けいれん」前のめまい、ふらつきなど、失神に比較的特徴的な徴候の有無が鑑別上重要な手がかりになります。
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QT延長症候群
脳虚血による失神を考える場合、その原因の一つとして忘れてならないのが、不整脈などの脈拍の異常です。不整脈による失神は、下手をすると死に直結することがあるからです。ただし、幸いなことに、てんかん発作類似症状をきたす上整脈はきわめてまれです。たとえば、Romano-Ward症候群という心停止の可能性ある疾患の発生頻度は1万人から1万5千人に1人といわれています。
このRomano-Ward症候群というのは心臓の心筋細胞への電解質の出入りをコントロールするイオンチャンネル機能が異常をきたして不整脈を起こす疾患です。
心筋の電解質は心臓の調律に重要な役目を果たしています。電解質がきちんと細胞に出入りできないと、心筋がでたらめに収縮してしまいます。すると、心臓は十分な血液送り出すことできなくなり、脳の血流が低下、失神、四肢脱力をきたします。最悪の場合、心臓の調律が戻らず、突然死に至ることもあります。心電図における電気活動のマーカーであるQ波からT波までの間隔がイオンチャンネル機能異常によって伸びるため、QT延長症候群という名前が付いています(図)。そして、この心電図異常所見が診断の糸口になります。
QT延長症候群はRomano-Ward症候群以外にもさまざまな原因でおきます。Romano-Ward症候群は先天性疾患ですが、先天性のものとしては他に、先天性聾唖を合併するJervell Lange-Nielsen症候群があり、聾唖を合併しないRomano-Ward症候群とは区別されています。いずれも遺伝性疾患で、家族性発症が認められる点では共通していますが、なかには、先天性でありながら家族性発生のない散発例もあります。その場合には後天性のQT延長症候群との鑑別が問題となります。後天性原因によるものとしては薬の副作用、電解質異常などがあります。
QT延長症候群の主症状は失神と四肢の脱力です。しかし、突発的な意識混濁(混迷状態となることもあります)、四肢の異常運動をきたすこともあり、うわべの症状だけでは、複雑部分発作との鑑別が難しいことがあります。きちんとした発作情報が得られないと、てんかん発作と間違われてしまいます。
私は、この病気の存在を知ってから、脳波上に記録された心電図を必ずチェックするようにしてきました。そして、それ以来、おそらく2万冊以上の脳波を判読してきているはずですが、いまだに、脳波からQ-T延長症候群を診断できた方はいません。結局、それほど、まれな病気なのです。それに、脳波で記録される心電図のみではQT延長症候群が診断できない場合もあります。それどころか、心電図のみに特化した一般的な12誘導心電図検査でも正確に診断することが困難な場合があるのです。ですから、脳波記録時の簡易な心電図記録のみでQ-T異常がみつけられるなどと軽信してはいけなかったわけです。
やはりなんといってもご本人の訴え、観察された発作内容が大事です。きちんと発作情報が集まると、いくつか、てんかん発作では説明がつかない症状がみつかります。これらを参考にして、疑いがあれば、詳しく心電図を調べ、不整脈の専門家にも診ていただくことになります。また、病型によっては運動、水泳、情動ストレス、騒音などの交感神経刺激、あるいは、逆に、安静、睡眠などで失神が誘発されることがあるので、これも、この疾患を疑う有力な手がかりになります。
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カテコラミン誘発性多形性心室頻拍
運動により心室頻拍、心室細動が誘発される疾患です。
心室頻拍、心室細動になると、電気的には忙しく心臓が活動するものの、実際には、心臓の筋肉は有効な収縮しておらず、心臓は空回り状態になってしまいます。このため、心室から十分な血液を送り出すことができず、ポンプとしての機能を喪失します。こうして、脳の血流が低下して失神、四肢の脱力をきたします。へたをすると、心停止をきたすこともあります。
この疾患の場合も、やはり、意識障害に加え、四肢の脱力がみられ、不注意に病歴をお聞きすると「異常運動」を突発的にきたしたと勘違いしてしまい、てんかんと誤診するおそれがあります。
QT延長症候群とは違い、安静時の心電図は正常です。そのうえ、24時間心電図記録やマスター心電図のような負荷心電図をおこなっても、異常がとらえられないことがあります。発作症状から不整脈を疑ってそれだけ検査しても異常がみつからないのですから、発作の原因として、不整脈が鑑別診断から消えてしまうおそれが十分にあります。それだけに要注意の疾患です。
結局、不整脈を疑った場合、やはり、専門家に頼むしかありません。この疾患の場合、心電図を記録しながらの運動負荷を長時間行い、心室頻拍が誘発されることを確認するのが唯一の診断手段です。
上整脈による脳虚血発作
8歳2ヶ月女児。7歳1ヶ月のとき、走っていて倒れ、顔を地面に打ったらしいが、本人は倒れたことを覚えておらず、目撃者もいなかった。5カ月後、マラソン大会で走っていて「気持ちが悪くなって、目の前が真っ暗になって《フラフラして意識を失い倒れた。ひきつけてはいない。K病院小児科受診。マスター心電図、心エコーおこなったが異常なく、「てんかん性脳波異常《があり、てんかんかもしれないといわれた。しかし、このてんかん性脳波異常は熱性けいれん児などにみられるいわゆるPsudo petit malであり、てんかんとの関連が低い波形であった。トレッドミル試験を行ったところ、走行開始後6分を過ぎたあたりから心室性期外収縮(←------)が出現、次第に頻発するようになった。運動制限とインデラール内服により、以後、発作は起きていない。
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泣きいりひきつけ
ご存じのように、生後6カ月から2歳までの乳幼児によくみられる症状です。何らかのきっかけで、泣いて、息を止め、そのうち唇が蒼くなり、手足を硬直させます。
泣きいりひきつけは、チアノーゼ型と蒼白型の二つに大別されています13)。
チアノーゼ型では恐怖、怒り、痛み、欲求不満から赤ちゃんが泣き出し、その後、泣いて息を吐いたところで(呼気相)で呼吸を停め、真っ青になります。脳は低酸素虚血状態に陥って、意識がなくなり、全身が虚脱します。長引くと、手足が硬直することもあります。
一方、蒼白型では、わずかな痛み、不満などが原因となり、ほとんど泣くこともなく、急に全身の血の気がひき、真っ青になって、意識を失います。過剰な迷走神経反射による徐脈、一過性心拍停止が原因とされています。
泣くことがきっかけですから、ほとんどのお母さんたちは、育児書などを読まれて、泣きいりひきつけだろうと見当をつけてみえます。しかし、なかには、てんかんではないかと心配して受診される方がみえます。しかし、脳神経細胞の異常興奮によって引き起こされるてんかん発作と違い、なき入りひきつけは脳の虚血による脳機能低下によって引き起こされる、てんかん発作とは正反対の現象です。当然、対処法も違っていて、通常、特別な治療はいりません。
息を止めていることが脳に悪い影響を与えるのではないかと心配される方もみえますが、泣き入りひきつけでみられる呼吸停止はせいぜい数十秒です。その程度の呼吸停止で脳に悪影響が残ることはありません。
実際、一分以内の呼吸停止ですぐに脳が虚血状態に陥ることはないとされているのです。ところが、チアノーゼ型なき入りひきつけにおいては、発作中、息を止めてから一分もたっていないのに脳の低酸素・虚血状態を示唆する徐波が脳波上みられることが知られています。なぜ、この疾患において、さほど長くもない呼吸停止によって虚血状態が脳にもたらされるのか、よくわかっていません。呼気相での呼吸停止による胸腔内圧の変化が予想を上回る低酸素・虚血状態をもたらしているのではという説もありますが、実証されていません8)。
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偏頭痛
偏頭痛は頭蓋骨内面の血管の機能異常によって拍動性頭痛をきたす疾患です。
頭痛に伴って吐き気、嘔吐、筋力低下をきたすことがあります。さらに、まれですが、前兆として、目の前がぼんやりしたり、チカチカするものがみえたりといった視覚異常が伴うことがあります。このため、視覚発作で始まるてんかん発作と間違われるおそれがあります。
偏頭痛とてんかんの発生機序はまったく異なっていますから、きちんと区別する必要があります。実際には、正確な症状をうかがうことができれば、たいていは、鑑別可能です。繰り返しになりますが、いかに症状をありのままに話していただけるかが、ここでも鍵になるのです。
てんかんと偏頭痛の鑑別が一番、問題となるのは、じつは、偏頭痛の患者さんで脳波をとったときです。
頭が痛いというので、とりあえず、脳波がオーダーされることは少なくありません。
そして、そこで、脳波に「てんかん放電」がみつかると、話がややこしくなります。偏頭痛は幼児期でも数%、思春期に達すると10%を超える頻度の高い疾患です。一方、何度も申し上げていますが、小児ではローランド棘波などの「機能性てんかん放電」が非てんかん児にも数%でみられます。このため、頭痛を訴えるお子さんの脳波に「てんかん放電」がみつかることは、めずらしくありません。安易に脳波をとることが誤診につながってしまうのです。実際、米国神経学会・小児神経学会の偏頭痛にかんする小委員会は、脳波は偏頭痛の病因確定や他の頭痛との鑑別に有用ではないので、偏頭痛診療におけるルーチン検査として推奨はできない、と勧告しています15)。また、繰り返される頭痛の検査の一環として脳波を行い「� �発波」が見いだされても、将来発作を起こす可能性は無視できるほど低く、したがって、さらにてんかんに関連する検査を行ったり、将来起こるかもしれない発作を予防する治療を行ったりする必要はない、とこの小委員会報告は付言しています。
しかし、ときとして、偏頭痛とてんかんの鑑別が困難なこともあります14)。
一番問題となるのは後頭葉から始まるてんかん性部分発作です。
後頭葉は視覚機能に関連していて、ここにてんかん性異常放電が発生すると、変なものがみえたり、目がかすんだり、みえなくなったりといった、視覚発作がみられます。そして、視覚発作の後、もしくは、視覚発作とほぼ同時に、しばしば、吐き気、嘔吐、頭痛といった偏頭痛と見紛うような症状がみられます。一方、偏頭痛では、視覚発作に似た視覚症状を主体とする前兆がみられることがあります。視覚発作と偏頭痛は症状がよく似ているのです。
血液脳高齢者のめまい混乱
さっきと話がちがって、ややこしいのですが、この場合にだけは、脳波が活躍してくれます。後頭葉てんかんの場合、後頭葉に限局したてんかん放電がみられることが多いからです(ただし、視覚誘発発作で後頭葉を起始とするてんかん発作がみられることもありますので、光刺激によって誘発される全般性棘徐波(光突発反応)が見られる場合も要注意です)。ただし、それとともに、眼球偏位、意識消失、自動症といった、てんかん発作にしかみられないはずの症状がみられていないかどうかも重要な鑑別点になります。そうした症状は、偏頭痛にはほとんどみられないからです。やはり、症状をきちんと確認することが鑑別には大切なのです。
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交代性片麻痺
突発性の眼振、眼位異常、頭部回旋、体幹強直に伴って、左右いずれかの半身が一時的に麻痺する病気です。その突発的な異常運動症状と麻痺症状のために、てんかん性の部分発作とその後のトッドの麻痺と間違われてしまうおそれがあります。
鑑別点の一つは、交代性片麻痺では麻痺側がその名の通り一定しないことです。てんかん性部分発作の場合、普通、てんかん放電の開始位置は一定ですから、トッドの麻痺の麻痺側がかわることはありません。したがって、麻痺側が発作ごとに変化するようであればてんかん発作の可能性は低くなります(ただし、重症乳児ミオクロニーてんかんという特殊なてんかんでは、片側けいれんが、ある時は右優位に、ある時は、左優位にみられることがあります。しかし、この重篤なてんかんにおいても、発作後の麻痺が発作症状と無関係に左右交互に出現することはありません。さらに、それ以外の症状も、そして、全体としての経過も異なりますので、まちがわれることは、あまりありません)。詳しい症状を話していただければ� �発作を繰り返すうちに、この疾患だとある程度推測可能です。
ただし、「片麻痺」と名づけられていますが、ときとして、両側が麻痺することもあります。そのうえ、流涎、嚥下障害、発語の低下などの症状(仮性球麻痺と呼ばれる症状)がみられることもあるので、このことは、頭の片隅にしまっておく必要があります。
この病気は1歳未満の乳児に発症します。原因はわかっていません。発作は月に何回となく起こり、数分から数日にわたって持続します。しかし、症状はすべて覚醒時に限られ、眠ると症状も消えます。発症後、精神発達遅滞、舞踏アテトーゼ様上随運動、ジストニア体位、錐体路徴候が目立ってくる、予後の悪い、てごわい疾患です。
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睡眠と関連する発作性異常
てんかん発作は眠りかけのボーッとしているときに起こりやすいですし、なかには、睡眠中にしか起きないてんかん発作もあります。このため、睡眠中の突発的異常(発作)はてんかんと間違われがちです。しかし、非てんかん性(すなわち、脳の異常放電を伴わない)発作性症状も睡眠中には少なからずみられます。
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良性新生児睡眠時ミオクローヌス
Benign neonatal sleep myoclonus
生後数日から一か月頃、睡眠中に、手足を繰り返しピクつかせる発作です。
ピクツキは、多くは、左右対称ですが、ときとして、手足の一部に限局していることもあります。ピクツキは入眠後数十分たった時点で始まります(生まれたばかりの赤ちゃんの睡眠は、大人と逆で、逆説睡眠(REM睡眠、動睡眠)ではじまり、数十分してから、非逆説睡眠(Non-REM睡眠、静睡眠)に移行します。本疾患のピクツキは、逆説睡眠から非逆説睡眠への移行時に始まることが知られています。この睡眠段階の移行が入眠後数十分して起きるため、ピクツキも、その頃始まるのです)。ピクツキは、ときとして、30分以上持続することもあります。このため「てんかん重積重責」と間違われるおそれがないとはいえません16)。顔面筋を含めた体軸のピクツキがみられないこと、ゆりかごなどで寝ているときにゆりかごを揺り 動かすとピクツキが誘発されること(おそらく、それによって、非逆説睡眠に移行するのだと思われます)、覚醒と同時にピクツキが消失することなどが特徴とされています。
数週間でピクツキは自然にみられなくなりますので、治療の必要はありません。
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周期性四肢運動障害periodic limb movement disorder
睡眠中(主として非逆説性睡眠(Non-REM睡眠)中)に数秒から90秒に一回、足を背屈させ、膝関節、股関節の屈曲させる運動が周期的にみられる病気です。この下肢の異常運動の持続は0.5~5秒で、ミオクローヌスよりも遅いですが、てんかん性ミオクロニー発作とまちがわれることがあります。しかし、この周期性異常運動はほぼ毎日のように起きますので、異常運動時の脳波記録は比較的容易です。脳波と表面筋電図を同時に記録すると、てんかん放電を伴わない下肢筋の収縮が記録されますので、てんかん発作でないことはすぐにわかります。高齢者に多い疾患で、異常運動によって睡眠の量、質ともに低下、日中の眠気、倦怠感をきたします。ベンゾジアセピン系の薬である程度押さえることはできますが、消失に至らせる� �とは難しく、やっかいな病気です。
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ナルコレプシー
日中、耐え難い眠気に襲われ、実際に眠ってしまうことが、毎日のように、何ヶ月も続く睡眠障害です。
この眠気は強烈で、商談中、食事中など、絶対眠ってはいけないような状況でも、引きずり込まれるように寝入ってしまいます(天才麻雀師、阿佐田哲也が、麻雀の勝負中に眠りそうになり、司会の大橋巨泉が「阿佐田さん、眠らないで!」と叫んでいるのを、昔、イレブンPMという深夜テレビ番組でみた記憶があります。どうやら、この稀代の勝負師もナルコレプシーに罹患していたようです)。そのため、睡眠発作と呼ばれることもあります。
こうした著しい眠気、居眠り、睡眠発作に加え、情動性脱力発作(cataplexy)、睡眠麻痺(sleep paralysis)、入眠時幻覚(hypnagogic hallucination)もみられます。
情動性脱力発作というのは、笑ったり、起こったりといった激しい感情の爆発に伴い、突然、力が抜ける症状のことをいいます。
睡眠麻痺というのは寝入りばな、あるいは、起きてすぐに、金縛り状態になって手足が全く動かなくなることです。この金縛り状態は健康な方にもまれにみられることがありますが、ナルコレプシーの患者さんではこれが繰り返し、しかも、長時間現れます。
この睡眠麻痺と同じように、入眠時、覚醒直後に現れるのが入眠時幻覚です。寝てすぐ、まだ完全に眠っていない状態なのに、夢をみるのです。しかも、通常の夢とは比べ物にならないくらい生々しい幻覚です。
子どもは睡眠時間が大人より多く、個人差も大きいですから、子どものナルコレプシーでは主要症状である過度の眠気に気づかれないことがあります。そのうえ、子どもでは睡眠不足からくる注意力低下により、さまざまな行動異常が引き起こされます。このため、ナルコレプシーを発症しても、たんなる行動異常と誤診され、肝心の睡眠異常には気づかれないということが間々あります。
さらに、脱力発作がてんかん発作と間違われるおそれもあります。Guilleminaultらは小児期発症のナルコレプシーのうち5歳未満未満発症例は全例、5歳から10歳発症例は40例中23例で、初診時診断がてんかんであったと報告しているぐらいです18)。
ナルコレプシーでは、蒲団の中で横になってから寝入ってしまうまでの時間(入眠潜時)が短く、10分以内がほとんどです。さらに、急速な眼球運動(rapid eye movement(REM)がみられ、手足の緊張がなくなり、夢をみる逆説睡眠(REM睡眠)は、普通は、寝入ってから一時間以上立たないと出現しないはずですが、ナルコレプシーでは寝入ってからすぐ、15分以内にREM睡眠が出現します17)(ただし、生まれたばかりの赤ちゃんの睡眠だけは、逆説睡眠で始まります)。ナルコレプシーは以上のような睡眠異常の確認によって診断されます。
ナルコレプシーの原因は、完全には解明されていません。しかし、ナルコレプシーは犬にもみられることが知られていて、このイヌ・ナルコレプシーの原因遺伝子が視床下部に偏在するペプチド、オレキシン(ハイポクレチン)の受容体に関連することがわかってきました。そして、その研究をきっかけとして、ヒトでもオレキシン含有細胞が減少し、オレキシン髄液濃度が低下していることが判明しました。現在、このペプチドとナルコレプシーの関連について精力的に研究が行われているところです。
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異常運動
突発性運動誘発静舞踏アテトーゼ
Paroxysmal kinesigenic choreoathetosis (PKC)
急に立ちあがったり、青信号になったからと歩き始めたりといった運動開始時、あるいは、水泳やマラソンなどといった持続的な運動中に四肢、体幹をゆっくり捻るような運動(ジストニア)、あるいは、体位(ジストニア様肢位)が突発的に誘発され、数秒~数十秒持続する疾患です19)。発作直前に何らかの違和感を覚えることもあります。ただし、この発作性異常運動の最中でも、意識は保たれていて、発作後には、ケロッとして、何の異常も認めません。学童期前後に発症し、一生続く病気ですが、成人してからは、発作の頻度も強さも低下していく傾向にあります。
神経学的所見、画像、脳波、血液検査などすべて正常で、特徴的な発作症状以外には何の手がかりもありません。このため、この病気のことが念頭にないと、なかなかきちんと診断されません。特徴的な発作以外、すべて正常のため「精神的なもの」として治療されないまま放置されていることもあります。
以前、新聞にこの病気のことを書きましたら、一か月もたたないうちに4名の方が受診され、この病気と診断されたことがあります。全員、症状を気にして一度は病院にかかってみえましたが、診断がなされていなかったのです。それほど、専門医以外には見逃されやすい病気です。
水泳をやっていて発作で体が固まり、さぼっていると勘違いした学校の先生に「しっかり泳がんか!」と怒鳴られ、病院に行っても「気のせい」といわれ、結局、上登校になってしまった男の子もいました。この病気は、カルバマゼピン(テグレトール)、フェニトイン(アレビアチン)といった抗てんかん薬をごく少量飲むだけで、症状が消えてしまいますから、是非、きちんと診断してあげたい病気です。
しかし、逆に、抗てんかん薬が劇的に効くために、てんかんとまちがわれやすい病気でもあります。その上、一部の患者さんでは家族性良性乳児けいれんを合併することが知られています。昔、実際に、てんかん発作を起こしていた方もみえますし20)、家族や親戚の方にもてんかん発作を起こしている方もみえることがあるのです。そのため、てんかん発作の既往があり、家族歴もあるというので、きちんと発作症状が伝わらないと、てんかんと誤診されてしまいます。常染色体優性遺伝もしくは劣性遺伝のかたちをとる遺伝性疾患ですが、全く家族例がみられない、弧発例もあります。
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マスターベーション
幼少女児にみられることが多い行動です。大腿に妙に力を入れてすぼめたり、こすりあわせたりする動作がみられ、ときとして、うつろな目でボーッとしていることがあるため、あたかも複雑部分発作があるかのように錯覚されてしまうおそれがあります。一人で退屈しているときに人に隠れてやっていること、顔が汗ばみ、紅潮していること、反応性が保たれていることなどが鑑別のヒントになります。湿疹、蟯虫症などの外陰部掻痒をきたす疾患が発症の契機となる場合があることを頭の片隅に入れておくと役に立ちます。
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常同運動stereotypic movement
精神遅滞のあるお子さんは、頭を振ったり、ボーッとしたり、舌を突き出したり、周期的に過呼吸になったりすることが少なくありません21)。自分の身体の一部を叩いたり、突ついたりする行為もよくみられます。こうした常同運動は、充分に内容を聞けば、非てんかん発作で容易に気づくはずですが、てんかんと誤診され、不必要な治療を受けていることが少なくないといわれています。
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意図的にてんかん発作に見せかけた「発作」
偽発作
あたかも、てんかん発作をおこしているかのような突発的症状をいいます。
赤ちゃんや脳に何らかの障害がある方にはさまざまな突発的非てんかん性異常運動がみられますが、これがてんかん発作と勘違いされる場合がときどきみられます。これも偽発作といっていいかもしれませんが、しかし、何と言っても多いのは、患者さん本人がてんかん発作様の症状を演技してみせる場合です。一種の仮病で、だったら医者は簡単に見抜けるだろうと思われるかもしれません。しかし、残念ながら、現実にはそうではありません。成人では、いわゆる「難治てんかん」の中にこの偽発作をもった人が相当数隠れている可能性が指摘されています8)。
偽発作がそれほどまでに診断が難しいのは、真のてんかん発作を有する患者さんにみられることが多いからです。そうした場合、しばしば、患者さんは真のてんかん発作を模倣した偽発作を演じてみせるのです。こうなると、鑑別がきわめて困難です。
偽発作の発作型としては、「けいれん」様の動きは少なく、複雑部分発作にみられるような自動症的なものがほとんどです。しかし、ときには、全般性強直間代発作や脱力発作、あるいは、欠神発作に類似した型をとることもあります。発作前の前兆の訴えが多い、突然始まることが少い、間代ではなく震えがみられる、両側性である、発作後ケロッとしている、といった特徴が指摘されています。ですから、詳しく聞くと、てんかん発作らしくないところが少なからずみられます。しかし、観察者による観察が不十分ですと、なかなか正確な診断にたどり着けません。
保護者の観察のしすぎで、非てんかん性の異常運動がてんかんと誤診されることもあり得ます。このため、最終的にはビデオ―脳波同時記録で確認するしかなくなります。
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代理によるミュンヒハウゼン症候群
(代行性ほらふき男爵症候群、作話てんかんfictitious epilepsy
繰り返しになりますが、てんかんの鑑別診断では、発作を目撃した方の証言が唯一の診断根拠となることがほとんどです。しかし、その「目撃者」が嘘の証言をしていたら、当然、それはそのまま誤診につながります。代理によるミュンヒハウゼン症候群は、ある種の異常性格の人間が家族や近親者をあたかも病気があるかのようにみせかける症候群です(ミュンヒハウゼンというのは18世紀ドイツの男爵の名前です。この男爵は座談の名手として名高く、19世紀末、ドイツ民間伝承のほら話が彼の名前のもとにドイツとイギリスで出版されました。その本は評判を呼び、それとともに、ミュンヒハウゼンという名前は英語圏、ドイツ語圏でほら話の代名詞になりました22)。その意味では、ミュンヒハウゼン症候群というよりは「� �ら吹き男爵症候群《と呼んだほうがいいかもしれません)。代表的な例として、親がこどもを意図的に窒息させることによって(たとえばTシャツなどを口に当てて気道を塞ぐことによって)ひきおこされる無酸素性脳虚血発作が挙げられます。その結果見られる失神発作がてんかん発作と誤診されるのです。また、夜中に発作があるという妻の嘘証によって何十年も抗てんかん薬を服用していた男性の報告もなされています。この病気を「代理によるミュンヒハウゼン症候群」の名の下に初めて記載したメドーは、この症候群が疑われた76名中32名の初診時診断がてんかんだったと報告しています23)。
- てんかんの診断が最終的には問診に頼らざるをえないことの弱点がこの症候群には端的に表れています。てんかんの診断という意味から大事な病態ですから、章をあらためて詳しくご紹介していますので、ご参照ください(「作話てんかん(代理によるミュンヒハウゼン症候群)」)。
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非てんかん性発作と間違われやすいてんかん発作
ー前頭様発作の身振り自動症
以上、てんかん発作と誤診されやすい非てんかん発作のいくつかを列記してきましたが、逆に、ヒステリー発作などの非てんかん発作と見間違われやすいてんかん発作もあります。
代表的なものが前頭葉の身振り自動症です24)。
前駆症状もなく、突然、叫び声を上げ、手足を交互にバタバタさせたり(スイミング様、自転車こぎ様)、のたうち回るように体をくねらせたり、ときには、マスターベーションまがいの動作を始めるのが、典型的な身振り自動症です。強直発作や間代発作にみられるような単純で、ぎこちない、機械的な動きではなく、さまざまな筋肉の収縮、弛緩がなめらかに組み合わされた「動作」です。持続も数秒から数十秒で、しかも、終わると、発作後もうろう状態はみられず、ケロッとしています。とても、てんかん発作にはみえません。こうした発作がとくに眠っているときに起きると、寝ぼけていると勘違いされてしまいます。じっさい、「へんな寝ぼけがある」といわれて何年もすごし、2次性全般化した全身痙攣がみられて� �めて診察室にみえる方もいます。
この発作でもう一つ注意しなくていけないのは、発作時脳波が記録されると、逆に、てんかん発作ではないと誤診されかねないことです。
上に述べたような身振り自動症は、しばしば、頭皮からは遠い前頭葉内側面、前頭葉底部から異常放電が始まるために、通常の頭皮脳波では、発作時に何の変化もみられないことがあります。発作症状もとてもてんかん発作と思えないような異様な動きだけのことが少なくありませんから、発作時脳波が記録されたが故に、逆に、「ヒステリー発作」と誤診されてしまう危険性があるのです。しかし、きちんと発作症状をお聞きして、その一方で、このようなてんかん発作がありうることを知っていれば、発作が何度も群発する傾向があるなど他にも特徴がありますから、誤診も軽減できます。
表3 てんかん発作と混同されやすい病態・疾患 Pelock(2001改変)7)
奇妙な、上自然な動き ピクツキ, 振戦 筋トーヌス、意識の消失 失神 呼吸異常 無呼吸 知覚異常 めまい | 特定疾患の一過性異常 ファロー四徴症のチアノーゼ発作 胃食道逆流に合併して、頭を後ろにそらせる痙攣性異常姿勢がみられる) 反芻症(精神発達遅滞児にみられる) 行動異常 頭打ち(ヘッドバッギング) 精神症状 遁走発作 |
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文献
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